2016年8月19日金曜日

2016夏 マッターホルン・ヘルンリ稜

初めは登うろうなんて考えもしなかった眺めるだけの山だったけど,調べてみるうちに可能性があるように思えた。そこからは「登るためにはどうすべきか」を考えて数年,計画&トレーニング。今年夏に時間が取れて登りに行けそうだったので,現地ガイドを雇って登ってみようと計画していると,運良く長期の盆休みが取れるというN川が同行してくれることになった。マッターホルンに必要と思われるトレーニングをしていくうちに,「ガイドレス」という選択肢が上がった。そこからは猛特訓!
ツェルマット到着

①日時:2016.8.8(月)〜17日(水)
②行先:スイス・マッターホルン・ヘルンリ稜
③メンバー:Fu,N川(NCC)
④行動記録:
【8/8】米子→成田→チューリッヒ→ツェルマット
【8/9】ツェルマット→ブライトホルン4164m→ツェルマット
【8/10】ツェルマット→ヘルンリ小屋
【8/11】ヘルンリ小屋(4:30)→ソルベイ小屋(9:44)→4300m付近撤退(14:30)→3900m付近ビバーク(22:00)
【8/12】ビバーク地点(6:00)→ヘルンリ小屋(10:57)→ツェルマット
【8/13】ツェルマット→ヘルンリ小屋
【8/14】ヘルンリ小屋(4:20)→ソルベイ小屋(7:00)→マッターホルン4478m(10:00)→ヘルンリ小屋(16:30)
【8/15】ヘルンリ小屋→ツェルマット→チューリッヒ
【8/16】チューリッヒ→成田
【8/17】成田→米子
⑤行動概況:
【8/8】成田から直行便でチューリッヒへ行き,英語がダメな2人で乗り換えを間違えながらもツェルマットへ。出発前は雨予報だったが,ツェルマットに到着するとホテルの前からマッターホルンと月が綺麗に見えていた。雪もあまり付いていない。行けそうだ。
【8/9】休息日にしていたが,時差ぼけもなく元気だったので高度順応でブライトホルンへ登る。ゴンドラで一気に2200mほど標高を上げる。出発前はホワイトアウト状態。前方にマッターホルンのトライアル中の客とガイドが薄っすら見えたので,自分達も出発することにする。山頂へ登る急斜面に差し掛かるとガスは晴れ山頂からは周りの山々が見えたが目の前にあるはずのマッターホルンだけは上部がガスに覆われていた。
雪原が広がるブライトホルン
【8/10】ホテルからマッターホルンを見ると,雪が降ったようで白く輝いていた。天気は良い。少し降ったくらいなので翌日には解けるだろうとヘルンリ小屋へ出発する。快適なトレッキングルートだが,色々詰め込んだ装備で足取りは重い。部屋は4人部屋でロシア人と同室だった。お互いカタコトの英語だったがコミュニケーションでき楽しかった。彼らもガイドレスなようだ。装備に目をやると偶然同じロープだった(これが後で大問題になる)。翌日は暗闇の中で出発なので取り付きから1ピッチほど登ってルートを確認する。
マッターホルン取り付き
【8/11】多少雪が降ったようだが問題ない。出発だ。ガイド優先なのでガイドレスは最後尾に並ぶように指示されたが朝の混雑の中,列の真ん中辺りに並んでいた。取り付きはフィックスザイルが張ってあり順番通りにしか出発できないので順番待ち。緊張のひとときも直ぐに終え順番がやってきた。前後ガイドに挟まれガイドペースでしばらく登るも1時間もしないうちにあまりのハイペースにバテる。少しでもモタモタするとルートを知り尽くし最短で登る方法を知っているガイド達に一気に抜かれる。岩の迷路のようなマッターホルン,上方に見えるヘッデンの光を頼りに迷わないように登っていく。しばらくすると目の前にモルゲンロートが広がる。美しさに感動するも,この時点で4000m付近のソルベイ小屋がまだ遠い。
モルゲンロート,まだ先は長い
だいぶ遅いペースに焦るがなんとかソルベイ小屋まで登ると既に5時間経過,ガイド達が下山してきている。ガイドと張り合っても仕方ない,幸い日が暮れるのは21時頃。明るいうちに下山できればと山頂を目指すもマッターホルンの肩辺りからガスがかかり強風が吹き荒れ寒い,寒すぎる。そしてここまで私達を悩ませていたのが同室のロシア人パーティ。体力はあるがロープワークは得意でないらしく,ロープを出すたびになにやら言い合ってなかなか進まない。このパーティの待ち時間だけで山頂に登頂できたかもしれない。極寒の待ち時間に心が折れそうになるしタイムリミットも近づく。そうしたらロシア人パーティが自分達はココで下山すると懸垂下降の準備をしていたのでN川がまず抜かせてもらう。が,私が登ろうとするとロープが絡まった。運悪く同じロープで絡まったらどっちがどっちか分からない。なんとか絡まりをとり,N川の所まで登るが決めていたタイムリミットになったし,ここまで我慢していたというN川の高山病の頭痛がひどく天候も荒れてきたので私達も山頂手前のフィックスザイル3分の2を登った辺りで撤退を決めた。まずは強風吹き荒れるこの標高から離れようと急いで下山する。途中で下山途中のロシア人パーティも抜いた。ソルベイ小屋につき小休憩をしていると,ロシア人パーティもやってきてこの小屋でビバークすると言う。日が暮れるまでまだ時間もあったので私達は下山を開始した。レスキューのヘリだろうか。私達の上空をずっと飛んでいる。こんな時間にこんな場所をうろうろしている私達を遭難者と思っての事だろうか。しかし,迷路のような岩場を順調に下れる訳もなく迷いに迷っていると日が暮れた。暗くなってからもしばらくは下山したが明らかにルートを外し危険なトラバースをしてしまい,夜の行動は危険と判断し,記憶にあるルート上まで引き返し,風を凌げそうな岩場を探してビバークすることにした。準備をしているとツェルマットの夜景が綺麗に見え少し心が癒された。ツェルトに入ってしばらくすると雪の降る音が聞こえてきた。N川の頭痛もあまりよくないようで動かない。目が覚めるたびに生きているか確認した。厳しい環境だったが,私は意外とよく寝れた。
撤退途中,日が傾いてきて影マッターホルン
【8/12】翌朝,「ハロー」「ゲンキデスカ〜」「ダイジョウブデスカ〜」とツェルトの外から聞こえる。日本人2人が下山してこなかったことは分かっていたようで翌日のガイド達がツェルトを通過するたびに声をかけてくれた。外に出るとルートのど真ん中でビバークをしていた。下山準備をしているとガイドがたくさん降りてくる。日本人客がいたので聞いてみると今日は天候が悪く上部の雪が登れる状態ではないので撤退してきた,と教えてくれた。下山するガイド達を見て,ここを下りるのかとびっくりしながらついていくもガイドは下山もハイペース。前日で疲労困憊の私達には到底ついていけず,また迷う。何度もルートを外しながらも下りてくるガイドを見つけてはルート復帰し,少しづつ下山していった。頭痛はマシになったN川だったが,数歩歩くたびに息が苦しいようで何度も立ち止まっていた。取り付きまで下山できた時はやっとこの苦しい時間から抜け出せると嬉しかった。日程を前倒しで行動していたため,アタック予備日があと3日あったので,ヘルンリ小屋で休憩してまたアタックしようと私は考えていたが,N川は高山病が相当苦しかったようでツェルマットに下りる,もう登らない,と言う。明後日にまた登るかもしれないから装備だけでもヘルンリ小屋に置いて次回の負担を減らそうと提案するも疲労が激しく,また登る気にはなれないようで装備を全て持ってツェルマットへ下山した。振り返って見えるマッターホルンは早朝の悪天候とは打って変わり最高の姿を見せていた。ホテルで休息し,夜は人気のラムステーキのお店に行き,禁酒を解禁しビールを注文。死にかけていた数時間前の事など嘘みたいなゆったりした時間を過ごして快適なベッドの上で眠りについた。
1回目は完敗
【8/13】起きて外を見ると,今までで1番の快晴。街で過ごし落ち着いたのか,明日最期にもう1度トライしようかと提案があったので即快諾。前回の反省点を全て洗い出し,登攀スタイル,装備,休憩など全てを見直し準備をし,再度ヘルンリ小屋に向かう。小屋に着くと,あの日本人がまた来たって感じでガイドに見られた。前回の疲れが全然取れていなかったのディナーを食べて即就寝。
【8/14】前回と違いほぼ満室の大所帯。今回はガイドレスも多い。渋滞するのかと思ったが,いいペースで進んでいく。私達の前にはスローペースな老人のガイド登山で急ぐ気持ちを抑えてくれた。というか,私は前回の疲労で足が全然動かない。この疲労感で山頂まで行けるのか不安だったが,逆にN川は命がけの高度順応?のお陰か今回は体調が絶好調だったのでぐいぐいと引っ張ってくれた。高山病さえなければ頼もしい。2回目ということもあり,見直した登攀スタイルや装備が見事にバッチリだったので前回5時間ほどかかったソルベイ小屋まで2時間ほどで行けた。天気も今回の遠征中で1番良い。登頂を確信した瞬間だった。前回山頂手前まで登り,様子は大体分かっていたので心の準備もでき,フィックスザイルの最後辺りは厳しかったが,まあ順調に登っていくとマリア像が見え,山頂に着いた。前回写真を撮りすぎた事も反省点の1つで今回は写真は山頂だけ,と決めていた。今日はこの1枚で十分満足だ。大山が描かれている寿庵の手ぬぐいを記念に広げると周りから「オ〜フジヤマ〜!」という反応だった。大山です。下山は前回散々時間がかかった事もあり心配だったが,ガイドの速攻スタイルを真似させてもらい,順調に下りていけた。前回迷いまくった下山も今回はN川が登りながら完璧に覚えていて間違える事なくスムーズに下山できた。私は疲労で登るだけで精一杯でルートの確認などする余裕もなかったのでN川の正確なルーファイは本当に有難かった。遅いガイド登山は追い抜いてヘルンリ小屋の夕食に十分間に合う時間に下山できた。小屋に到着した時は,周りのガイドが何人か寄ってきてくれ「コングラチュレーション!」と祝福と握手をしにきてくれ嬉しかった。ヘルンリ小屋で周りを見ると屈強な大男ばかりだった。その中で私達は特に小さく子供のようだった。なので尚更よく登ったな,という感じだったのかもしれない。小屋の美味しいディナーをゆっくりした気持ちで食べる事ができたが,夜は疲れすぎて身体中が痛くてあまり寝れなかった。
マッターホルン登頂
【8/15】これから登る人達を横目にもう登らなくていいんだと安堵感でいっぱい。騒々しい朝食を下山するだけの私達はのんびり食べた。今日も良い天気だ。最期にマッターホルンのモルゲンロートを見てからツェルマットに下りた。ホテルをチェックアウトしチューリッヒへ向かう。今回スイスへ行く際に,友人である大山ゲストハウス寿庵の矢田さんに相談するとスイスのブリジットという友人を紹介してくれた。英語ができない私達の代わりに2人には当初の予定を変更しまくりの調整などをサポートしてもらった。2人がいなければ今回の登頂はなかったのでとても感謝している。チューリッヒに着くとブリジットが家族で出迎えてくれた。2人目の赤ちゃんを産んだばかりで大変だったに違いない。可愛い2人の子供にもとても癒された。
「アルプスの栄光」
旦那さんもクライミングをするようで,部屋にぶら下げてあった揺りかごはカラビナで固定されていたり台所のドアノブがヌンチャクでロックしてあったのが笑えた。英語ができず,うまくコミュニケーションが取れなかったのが申し訳なかったが,気にする事はないと,とても良くしてくれた。
【8/16】チューリッヒから成田へ移動。
【8/17】成田から米子へ。
⑥その他:
・とにかく運が良かった。日本で天気を見ている時はほぼ雨予報だったが,行ってみると晴れ。この短い期間に2回もアタックする事ができ,その両日ともコンデション最高だった。
お世話になったブリジットの可愛い子供達
・やはり午後からは天候が崩れる事が多いようでヨーロッパの速攻スタイルに登攀スタイルを変更することになった。1回目は日本でしていたような安全確保のリードクライミングの手順でしていたらガイドにどんどん抜かれていった。下りの懸垂下降も同じく。2回目はほぼコンテで登り下りした。確実なクライムダウンと勇気が必要とされる。1回目で多用した懸垂下降も2回目で必要だったのは1回だけだった。
・初めて見る支点で,想定していた装備は過剰装備となった。2回目は改善した。
・雪壁でガイド登山の客がアイゼンを私に向け滑落してきた。直前で近くのガイドが止めてくれたがぶつかっていたらセルフを取っていたとはいえ救助要請だった。後方ではピッケルを落としている人もいた。
・1回目のアタック日は日本の「山の日」だった。一生忘れられない山の日になった。

10 件のコメント:

  1. YCCブログ大山ファン
    素晴らしいヨーロッパアルプスの記事
    このブログの終わりは、やっぱり大山アルプスの奥深さを伝えて欲しいと思うところです。
    大山周辺を1番良く知る山岳会
    沢山ありがとうございました。
    リニューアルも楽しみにしています。

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    1. 私の思い込みで失礼いたしました。コメント投稿者様とTは別の方でした。お二方にお詫びいたします。

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  2. YCCは大山でなくては!
    大山アルプスのブログを希望します!

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  3. フラッグに「米子クライマーズクラブ」のネームがあるのを見て、FuもYCCのこと愛してるんだなと嬉しく思いました。あまり、コメントはしないのですが、本当に嬉しかったので、コメントしました。準備から、大変だったことでしょう。思うのは簡単ですが、実践するのはなかなか難しい。心身のトレーニング、発案から計画、休暇の取り方や資金の調達。すべてが登山力だと思います。Fuはその登山力が備わった立派な登山家だと思います。応援してます。これからも、私たちが憧れるようなトレースに、YCCのネームを刻み続けて欲しいと願っています。素晴らしい報告ありがとうございました。最初の匿名のコメント。多分Tでしょう?
    YCCメンバーは、その思いに応えれるように、このブログのフィナーレを輝かしくするために、ガンガン投稿して行きましょう。私も頑張ります。

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  4. 大山をよく知る山岳会で経験を積み技術を磨き、そのメンバーが本当のヨーロッパアルプスに挑戦してきた。
    ブログの最後としてこれほどふさわしい投稿はないんじゃないでしょうか?

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    1. ブログは最後ではなく、これからも、新しい管理者の元、継続いたします。今後ともよろしくお願いします。このブログを作りあげてくださった、Tが管理者を退任いたします。感謝の気持ちを込めてメンバーは、このブログに投稿して欲しいと思います。Fuの投稿は、匿名2様の言う通り、このブログにふさわしく、素晴らしい山行であったとおもいます。

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    2. 最後ではないですよ。現在薬師岳,赤木沢に行っているパーティもあるし,来週甲川に行くパーティもあります。

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  5. Fu,N川,マッターホルン登頂のエアメール今日届きました。おめでとうございます。ヘルンリ小屋とモルゲンロートのマッターホルン本当に美しいですね。
    私は登頂成功より自分たちで計画,実行したことを評価したい。3900mのビバーク,高山病になりながらの再アタックも。
    N川と最初に会ってから20年以上経つ。少しずつ昔を思い出してきた。私は貴方の同級生とエベレストの見える所まで行きましたが遠い昔の話になりました。これからは私も連れて行ってほしいと思っていましたが…
    Fu,私の言いたいことわかってますよね。

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  6. 高度障害は酷く辛いもので死に直結する調整の難しいものと聞いています。風雪のビバーク、N川氏どんなに苦しかったか。その夜案外よく眠れた(しぶとい!)Fuも登頂後の安堵の夜に体が痛くて眠れなかった?眠れない疲労ってどんなだろう…。
    天候に恵まれ運が良かった。助言や助力、支えてくれた人に恵まれ本当に良かった。ラッキーもあるけれど二人の本気さ必死さが応援を呼び込むというか引きずり込んだね。だって見ていて楽しいから応援したくなるのでしょう。天は自らたすくる者を援くるてこのことかな。
    良い相方を見付けるのは稀有、維持するのは簡単でない。おめでとう。ガンバ!

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  7. ちゃっかりラムステーキまで楽しんできているのがFUらしくて◎
    まだまだ残りたっぷりの30代、次の目標を聞かせてもらいたいですね。

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